女子サッカー・新井翠選手「やりたいことは泥臭く、納得いくまで諦めない」【後編】
ニッパツ横浜FCシーガルズで活躍するゴールキーパー、新井翠選手は、背番号1を背負い、日々の努力を重ねています。平日はチームのオフィシャルトップパートナーである病院で働く一方で、アスリートとしてもキャリアを築いており、リーグ優勝を目指しています。
後編のインタビューでは、仕事とサッカーへの取り組み、女子サッカーへの熱い想い、そして将来の目標について焦点を当てたインタビューを行いました。
【写真提供:ⓒYOKOHAMA FC SEAGULLS】
Contents
選手と仕事の両立「ヘアーバンドをした瞬間サッカーモードになります」
【写真提供:本人提供】
現役の女子サッカー選手として活躍する一方、ニッパツ横浜FCシーガルズのスポンサーである病院で総務課の事務職を務めている。彼女の業務は職員の給与計算や退職手続きなど、医療事務が円滑に進むための役割を担っている。
サッカー選手としても地域とのつながりを深めるため、幼稚園児を対象にしたサッカー教室を月に2回実施している。これは地域活性化としても役立っており、「あの選手が勤めている病院なら」と病院の知名度向上にも寄与し、地域の人々から信頼されている。
日々のルーティーンは、平日朝6:30にグラウンドで体作りを始め、8:00から10:00までチーム練習に励んだ後、午後は病院で勤務。
「仕事に行く際は化粧をして服装を変えることで仕事モードに切り替え、ヘアーバンドをした瞬間サッカーモードに切り替えています」と述べ、服装の変更がメンタルの切り替えに効果的であると新井は語る。
また、異なる2つの分野を同時にこなす中で、「疲れを感じさせない身体作り」に注力している。
「練習後はすぐに仕事に移るため、身支度や食事の準備に追われることが多いです。身体が資本の生活を送っているので体調管理の部分で知識を増やし、体調を整え、怪我を避けるための知識を積極的に取り入れ、限られた時間を最大限に活用しています」
また、クラブのトレーナーと協力し、疲労を最小限に抑えながら効率的なトレーニング方法を追求している。
「トレーナーとの連携でトレーニング強度を調整し、仕事に影響しないよう疲労管理に努めています。体力向上に加え、賢く体を鍛える技術も学んでいます」と、2つのキャリアをバランスよくこなす秘訣を明かした。
2つの異なるキャリアを通じて
新井はサッカーで培ったコミュニケーション技術を職場で活かしており、特に患者との対話でその能力が役立っていると語る。
「言葉にしにくい感情を持つ方に対して、さまざまな質問を投げかけています。たとえば、「痛みを感じるのはどんな時ですか?」や「気分が悪くなるのはいつですか?」といった具体的な問いかけをすることで、患者さんが何を伝えたいかを引き出しやすくしています」
このように、患者のニーズを的確に捉え、それに応えることを心がけているのは、サッカーでのコミュニケーション技術が背景にある。
さらに、サッカーの経験が仕事にどのように活かされているかについてもこう語った。
「サッカーでは、チーム内での小さなズレが勝敗に大きく影響するため、認識を一致させることが重要です。例えばボールを左足で受けたいのに右足に来てしまった場合など、チーム内での細かな認識のズレを解消することが必須です。そのためには、「自分はこのプレースタイルでプレイをしたい」と積極的に意見を交換し、練習中に即座に調整を行うことが重要です。」
新井は、これらのコミュニケーション技術を使って、相手の意図を正確に理解し、適切に対応する方法を日常的に実践しており、これが職場でのコミュニケーションに非常に役立っていると強調した。
加えて、新井は自身がサッカーに専念できるのは周囲の支援と理解があるためだと感謝の意を表している。
「サッカーだけ頑張っていれば良いという考えは、自然と態度に出てしまうと思います。サッカーに集中できる今の環境は、周りの人々のサポートと理解があってこそです。そのため、周囲への感謝の気持ちが非常に強くなりました」
と述べ、他人の助けがあることを認識し、感謝を忘れない姿勢を示した。
「今までの人生で挫折を感じたことはない」
【写真提供:ⓒYOKOHAMA FC SEAGULLS】
新井に「これまで挫折したことはあるか」と尋ねると、彼女は「挫折したことはない」と答えた。
この回答は、自身の選択を否定したくないという心理から来ている。
「自身が決断した選択を挫折と捉えないようにしています。モチベーションが低下したとき、その要因って結局は自分なのは分かっているのにそれを認めたくない。だから、無意識に人や環境のせいにしてる口調になってしまう自分が嫌いなので、他人にはその感情を話しません。ネガティブな感情を人に話さないのは、相手にとっても良い気持ちになる話ではないからです」
新井がもやもやした感情を払拭する方法は、原点に戻ることだと言う。
「なぜこれを始めたのか」と自問自答し、「勝つためにやっている」と自分に言い聞かせている。彼女は笑いを交えながら、「大それたことを言っていますが、これが私のやり方です(笑)」と、語った。
また、サッカーから学んだ人生における最も価値ある教訓として、「長期的な目標を達成するためには、目先の成果にとらわれずに、一歩一歩を着実に踏み出すことが重要だ」と語る。
多くの人が目標達成の道のりを急ぎがちになるが、新井は毎月の小さな目標を設定し、それを達成することで、自分自身の成長を感じ取っている。
「例えば、月初には苦手だったことが、月末にはスムーズにこなせるようになっています。自分が進歩している実感が、さらなるモチベーションに繋がっているんです」と彼女は笑顔で話す。
この積み重ねが、新井にとっては最終的な目標への近道であると同時に、日々のトレーニングや挑戦に対する熱意を保つ源となっている。
高校時代、GKコーチから「やるべきことをちゃんとやる」というシンプルながらも強烈なメッセージを受け取っており、この教えが新井の行動原則に深く根付き、今日に至るまで彼女を導いている。
この一貫した努力が、サッカーだけでなく、人生の様々な面での成功を彼女にもたらしている。
サッカーを通じて、技術だけでなく、どのような困難にも対峙する内なる力を養うことができると新井は信じている。サッカーが彼女に与えた最大の教訓は、一見単純ながら、その影響は計り知れない。
「サッカーしかしてこなかった」よりも「サッカーもやってきたんだからビジネスもできる」
「今まではセカンドキャリアという概念がタブー視されがちでしたが、今は多くの選手がサッカーを続けながら別の事業も手掛けています。私自身、特定の分野にこだわることなく、興味を持ったことにどんどん挑戦していきたいと考えています」と語り、多様なキャリアパスの可能性を模索している。
以前は副業やセカンドキャリアに対する社会の見方も厳しく、女子スポーツの場では引退後のキャリアパスが語られることは少なかった。
しかし、時代と共にその考え方も変わりつつある。
「私は” サッカーもやってきたんだからビジネスもできる “という考え方で、将来的にはアスリート支援事業を自ら立ち上げたいと思っています」と、今後の目標について語った。
実際、多くのアスリートがセカンドキャリアに不安を抱えている現実を、新井は知っているため、アスリートを支えたい、力になりたいという熱い想いがある。
この熱い想いを実現するための第一歩として、2024年にGKクリニックの開催が決定した。
これはニッパツ横浜FCシーガルズのPR活動の一環として、専門的なコーチがいない子供たちに新井が直接指導を行う練習会だ。
開催するまでの経緯は、ニッパツ横浜FCシーガルズの公開練習を通じて、一人の母親から「娘がキーパーをしているのですが、どのように練習していますか?」という相談を受けたことが始まりだ。
「私はこのGKクリニックの企画書を一から作成し、クラブにプレゼンを行い、開催が決まりました。”自分が現役中に、自分のGK講座を行いたい”という長年の願いが形になりました」
また、自身の今後の目標について次のように語った。
「現在、スポーツコミュニティは競技ごとに分かれていますが、異なる競技の選手が協力し合えるような新しい場を作りたいです。特に、経済的な理由でスポーツを諦めざるを得ない選手たちが、” 好きなことを続けられる ”よう、自らアスリートを支援する環境を作ることが私の目標です」と力説した。
新井は、自分が目指している新しい場を通じてアスリートが「辞める」という選択肢以外にも様々なキャリアパスを探求できるようにすることを目指している。
アスリートが培ってきたスキルや経験を社会に活かせる機会を提供し、すべてのアスリートが持続可能なキャリアを築けるように支援したいと熱く語った。
「女性が一生懸命に頑張っている姿を見てほしい」
【写真提供:ⓒYOKOHAMA FC SEAGULLS】
日本の女子サッカーがかつて世界一に輝き、国内での人気が高まったが、観客数の伸び悩みは課題の一つだ。
「多くの場合、男子サッカーの速い動きと比較され、男子サッカーの方が面白いとされることが、観客数が伸び悩む一因かもしれません。しかし、女子サッカーには女子サッカーの魅力があります。女性がボールを追いかけて” 一生懸命になっている姿 ”が魅力的だと思うんです。普段とは違った顔が見れる、そんな部分にももっと焦点を当ててほしいと思います」
さらに、女子サッカー選手の「かわいらしさ」を前面に出してアイドル化する傾向についても触れ、これが新たなファン層を引き寄せる効果があるとしつつ、「スポーツとしての本質的な価値を伝えていくことが重要です」と述べた。
彼女はスポーツとしての価値とともに、選手たちの個性や魅力を適切に伝えるバランスが、女子サッカーの発展にとって欠かせないと考えている。
「自分のやりたいことは諦めないで」
【写真提供:ⓒYOKOHAMA FC SEAGULLS】
「好きなことを諦めてしまうとき「本当にそれでいいの?満足いくまでできた?」とやるとこまでやったのか、できたのか自問自答してみてください」
特に女性は、結婚や出産、キャリアの節目において、趣味や夢を続けるかどうかの選択を迫られることがしばしばあり、男性よりもそうした葛藤に直面する機会が多い。
そのような状況にある人々に向けて、次のようにメッセージを送る。
「自分が泥臭くサッカーに取り組む姿を例に挙げれば、自分に後悔がないようやりたいことは諦めないでほしい。環境が厳しくても、本当に好きなことを諦めるのは惜しいです。自分の幸せを最優先に、” 好きなことを続ける勇気 ”を持ってください。「本当にこれで満足か?」と自分に問い、完全に納得するまで努力することが大切です。そうすれば、助けてくれる人も現れますし、一緒に困難を乗り越えることができます」と新井は述べた。
さらに、「他人と自分を比較して落ち込まないでください。他と比較して劣等感や優越感を感じないで、”自分が一番良い”と思う、”今の自分にベスト”だと思う選択をして、未来の自分をイメージしながら今を全力で頑張ってほしいです。見返りを求めることなく、自分自身の努力に誇りを持って毎日を送ることが、何よりの自己肯定感に繋がります!」と、自己肯定感を高く持つことの大切を語った。
これはただ単にサッカーに限った話ではなく、どんな分野においても同じだ。
情熱を持って本気で取り組む姿勢は、人々の心を動かし、時に厳しい状況でも道を切り開く力を持っている。
だからこそ、自分の心に正直に、一つ一つの選択を大切にすることが重要だ。それは自分自身だけでなく、周囲にも良い影響を与えるだろう。
6月20日(木)より、ニッパツ横浜FCシーガルズの公式サイトで新井翠選手が主催するGKクリニックの詳細をご覧いただけます。
この記事で新井選手の温かみのある人柄に魅力を感じた方や、専属のGKコーチがおらず練習にお困りの方は、ぜひ以下のURLからGKクリニックの情報を確認してみてください。
https://seagulls.yokohamafc-sc.com/news/20240721_gkc_midori/
前編はこちら。
新井 翠 / Midori Arai
1993年8月12日生まれ。埼玉県出身。
ニッパツ横浜FCシーガルズ所属のゴールキーパーで、2024年にはキャプテンを務める。
愛称は「みど」「あらちゃん」で、チームのムードメーカーとしても知られる。
小学生から中学生時代にはバスケットボールで活躍し、高校でサッカーへ転向。高校時代から顕著な成長を遂げ、国士舘大学在籍時には1年生ながらGKとして関東女子リーグに出場。その後、ユニバーシアード日本代表に選出され、第28回夏季ユニバーシアードに出場する。現在はリーグ優勝を目標に掲げ、女子サッカーの認知度向上のためのPR活動にも力を入れている。
ニッパツ横浜FCシーガルズ公式サイト:https://seagulls.yokohamafc-sc.com/
machida 編集者
デジタルクリエイティブ会社に勤務。女子サッカーで15年間活動した後、現役引退後ボディーメイクに奮闘中。自分に合った健康的な食事や日々の過ごし方を模索中。